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元島生

詩・文章・音源・あれこれ

小さい朝

最近は、まだ薄暗い時間に起きる。

冷たい水で顔を洗い、洗濯機を回して、みそ汁を作っておく。

そうして部屋に引っ込んで、ストーブに薬缶をかけ、こたつに入る。

パソコンを立ち上げ、文章を書いたり、本を読んだりする。

お湯が沸いたら、コーヒーを淹れる。

ゆっくり飲みながら、また書いたり読んだり、たまに、ギターを弾いたりする。

チッチッチと鳥の声。シャーっと水の音。

ドタドタ、バタバタ、着替えなさーい。

音が増える。

僕はカタカタ。

ノッていたら、朝食も食べずに篭る。

「行ってきまーす」に「はいよー」と返事をする。

そして家は、静かになる。

僕は部屋を出て、洗濯物を干し、ゆっくり着替えて、出勤する。

いつもの朝。好きな時間。

 

今日は少し違った。

パソコンをカタカタ、本をふむふむ、ギターをポロポロ。

そんな僕の向かいに、長女が座った。

歌詞をふむふむ、歌をラララー、宿題カリカリ。

やがて、みそ汁とごはんと人が、運ばれてきて、ぺちゃくちゃ、もぐもぐ、ガヤガヤ、ワヤワヤ、わはは、わはは。

僕は黙々と書き続けていたが、やがてパソコンを閉じ、ぺちゃくちゃ、もぐもぐ、一緒に笑ったりした。

そしてやがてまた、静かになった。

部屋を出ると、洗濯物は干してあった。

僕はゆっくり着替えて、出かけた。

 

いい時間だったなーと、ふと考える。

朝の時間を一緒に過ごせるのは、あと何年あるだろう。

その小さな時間が、心に残していくものは、なんて尊く、大きいのだろう。

日々はなんて無自覚に、消えていたのだろう。

明日もまた、小さい朝が来る。

子どもらが大人になって、僕らの元を離れても。

彼女たちの朝は、毎日やってくる。

その朝が、幸せであってほしいと思う。

明日も、小さい朝を大切にしよう。

その時間が残すものが、ずっと続きますように。

冷たい水や、キラキラの光や、温かい味噌汁や、洗濯機の音や、コーヒーの匂い。

ドタドタ、バタバタ、ぺちゃくちゃ、もぐもぐ、ガヤガヤ、ワヤワヤ、わはは、わはは。

 

 

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球根 塔和子

球根  塔和子

 

埋められた球根は

土と水と太陽にいざなわれて

のっぴきならないばくはつを遂げる

私はいま

私をとりまいている

土の手ざわり

水の手ざわり

陽のてざわりをたしかめたしかめ

土の中にある球根

全部をかけて

花になるのを息をひそめて待つもの

どんなに

気をもんでももまなくても

来るだろうその日

私は

うまく咲くことが出来るか出来ないか

いらざる知恵にさいなまれ

いじくりすぎる

まがった球根

 

塔和子「記憶の川」より

 

塔和子は元ハンセン病の詩人(1929年 ‐2013年)

当時日本は先進国入りをするために、路上生活者やハンセン病者を一掃。

全国のハンセン病者を強制的に終身隔離し、その政策を正当化するために、意図して強烈な差別を国民に植え付けた。

ハンセン病が感染力もほとんどなく、薬で治る病気だと知りながら、何十年と隔離政策は続いた。

断種や隔離部屋、ハンセン病者をこの世から消すという、非人間的な環境。人権侵害。

親族への差別を恐れ、死んだことになっている人達も多い。自殺においては言うまでもない(療養所で名前さえもない骨壺をたくさん見た。僕が訪問した当時500人以上が住んでいた療養所は、誰一人いないかのように静かだった。その静けさは忘れられない)

和子も13歳で家族と離れ、施設で生活した。

療養所に送る時、父が一緒に身投げしようかと言ったそうだ。同じ父として身を切られる思いがする。

小泉首相控訴を断念し、元患者ら原告が全面勝訴したあの歴史的国賠訴訟の時、「私は興味ない」と言ったそうだ。

彼女の詩を読んでいると、その事に頷ける。

彼女は命をとことんまで見つめたのではないか。過酷な環境にいながらも、それでも湧き上がる感情、自分という人間の奥の奥、悲しみの奥の奥、その中に「真理」を掴もうとした。言葉によって掴もうとした。

そして、そのことによって彼女は生きのびたのではないかと思う。

1人の闘いだったし、1人の喜びだった。しかしそれは繋がりの拒否ではなく、魂の繋がりの希求だったのではないか。

自分の外ではなく、中に中に。

社会ではなく、真理に真理に向いた。

だからではないかと思える。

 

球根。好きな詩。

僕もまたいじくりすぎて曲がっている。

土の手ざわり、水の手ざわり、陽のてざわりを感じていればいい。

所詮ぼくらは、のっぴきならない爆発によって、生かされているにすぎない。

 

塔和子の詩には、真理をそっと教えてくれる詩がたくさんあります。

たまに紹介したいと思います。

 

ヘンテコを探す

 

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小学校入学。

おめでたい日なんだろうが、僕は素直にそう思えなかった。

大きい声で返事。はっきりと挨拶。よくできました。

そういう学校の「正しさ」や「評価」が苦しくなる。 

早く帰りたい。そればかり考えた。

本当は、小さい声でもいいんだよ。照れながら挨拶しても素敵な君だよ。

式典だから、恰好をつけたいから、今日は大きくした方がいい、という事なんだよ。

そんな補足ばかり、頭に浮かんで苦しかった。自分でも面倒な性格だと思う。

 

社会というのは、嘘の中で動いている。

嘘だと知りながらも、それを便宜上了解し、自分もその中に投入しながら、折り合いをつける。そういう高度さの中で運営されている。

見えないものを無数に理解していかなければいけない。

「正しさ」なんかいくらでも変わる。

 

僕もそうしてきた。そして心のどこかで冷めた部分も持つようになった。

どうせ本当のことじゃない。

そんな風に冷めた部分を確保することで、自分を保っていたように思う。

そんな僕の目を温かくしてくれたのは、いつも「外れた」人だった。

ホームレスのおっちゃんとか、まじめではない先生とか、パンクロッカーとか、そんな感じの人たちが多かった。

学校でいうところの「不真面目」な人たち。

そんな人たちの中に僕はいつも「本当の真面目」を感じたし、温かさを感じたし、生きる勇気をもらった。

今もそうだ。

 

 僕たちはこの高度な社会に身を投入する過程で、何かを封印したり、諦めたり、無理やり納得したりしている。

時に、自分の核になる部分を、守りきれないような気持ちになるときがある。

その防衛的反応が僕の場合「冷め」だったと考えられるし、不登校の子にも同じような一面があると感じることが多いのだ。

 

僕にとって大人になるという事は、温かな人になることだ。

つまり「冷め」なくても自分の核を大事にできる力を持つこと。

そのために唄ってるんじゃないかと思う時がある。

自分の核を守るために唄うことが必要なのかもしれないと。

 唄わなくてもよくなれば、それが一番いいのかもしれない。

 

つまり、未だにちゃんと大人になり切れていない僕は、学校に足を踏み入れた瞬間から帰りたくなってしまうのだった。

子どもにしたら迷惑な話だ。

素直にお祝いもできない。情けない親だ。しっかりしてくれよと思う。すまないと思う。

 

でもミキはそんな親をよそに。ドキドキ。友達をキョロキョロ。

帰ってから、どうだったと聞いたら「うれしかった」と言った。

僕はミキが愛しくてならなかった。

嫌なことがあっても、いいことがあっても、みんなパパやママに言っていいからね。

パパたちはミキの味方だからねと伝えた。

それから、ヒソヒソ声で「あと、学校のヘンテコなことがあったら、帰ってからパパに教えてね」とニヤリと笑ってみせた。

ミキもニヤリと笑った。

 

僕はある意味でまじめ過ぎた。ゆえに苦しかった。

我が子らも、とてもまじめだ。

だから心配も大きく、素直に喜べなかったのかもしれない。

 

僕はミキとヒソヒソ話をしながら、大人の世界のバカらしさを笑ってほしいと思った。

一緒に笑いたい。

陰で茶化して、ミキらしく生きてほしい。

そして、そう思う事で僕自身も救われるような気がした。

僕よりも遥かに大人で、力強くて、温かなミキに、僕は助けられている。

 

登校初日。

「ミキ一人で行く」

そう言って、小さい我が子は、大きなランドセルを背負って玄関に立った。

「ミキ、帰ったら学校のこと教えてね。ヘンテコなとこも。あったらね」

僕はそう言って笑った。

「うん」

ミキも少し笑った。

どんなところにいても、この子が幸せに生きていけるよう、僕も一緒に幸せを探したい。

心配するより、その方がいい。

学校だろうが、社会だろうが、地獄だろうが、一緒にヘンテコを探したい。

一緒に茶化して笑いたい。

それが、ダメな僕なりにできることかもしれない。

 

一度だけこちらを振り返って、その後、ランドセルはどんどん小さくなった。

心配ばかりして、頼りない親の手を引くように。

小さく揺れながら。

どんどんどんどん進んでいった。

 

飲んだら乗るな

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飲んだら乗るな

作詞作曲 元島生

 

お酒を飲んでも飲まれるな 飲んだら乗るな 乗るなら飲むな

焼肉焼いても家焼くな フラれたからって唄を唄うな

あーあーあーって言うな

僕は死にませんとか言って トラックの前に飛び出してくるな

なんだか変な踊りを踊るな 飲みすぎて道端に寝転ぶな 

あーあーあーあーあーあーあーあーあって言うな

 

ゆいちゃんとみきちゃん

 

ゆいちゃんとみきちゃん

作詞作曲 元島生

 

ゆいちゃんとみきちゃんが大きくなったら

ふたりでお店屋さんをするという

かわいい絵本や 甘いキャンディや

自分で描いた絵や 折り紙なんかを置くのだそうだ

やさしい人に支えられ お金の心配しなくていい

ゆっくり時間が流れるような そんなお店だといいな

パパ来てもいいよと にっこり笑いながら

紙で作ったお金を そっと渡してくれるんだ

もしも今パパがお店に行ってしまったら

あした目が覚めて君たちが

大人になってそうで 大人になってそうで

パパはまだ紙のお金を使えずにいる 夜

あっという間に こんなに大きくなっちまって

パパはまだ紙のお金を使えずにいる

あっという間に 大人になってしまいそうで

パパはまだ紙のお金を使えずにいる 夜


うた 元島生
ダンス 峠佑樹
パーカッション だったん
2016年6月5日 金沢etc.link
笹口騒音ハーモニカ北陸ツアー「たとえば僕たちが売れたら

分かりたい

 

 

分かりたい

作詞作曲 元島生

 

ふさぎこんでる帰り道 石ころ二つ蹴とばした

夜風がほほを突き抜けて 今夜わたしを殺してほしい

分かりはしない 人の事 分かりはしない昔の事

分かりはしない生まれたこと 分かりはしない あなたの事

 

それでも僕は 月を見てると 涙が出てくるそのわけを

涙が出てくるそのわけを 今夜ばかりは 分かりたい

 

それでも僕は あなた見ていると 涙が出てくる そのわけを

涙が出てくるそのわけを 今夜ばかりは 分かりたい

今夜ばかりは 分かりたい