元島生

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場作りネットレポート 「お座敷処 鳴ル家」

場作りネットレポート 「お座敷処 鳴ル家」 - 場作りネット

インタビュー 元島生 (場作りネット)

受け手 堀田晶 (お座敷処 鳴ル家)f:id:motoshiman:20170907071932j:plain

 今回は、富山県立山町の「お座敷処 鳴ル家」を取材しました。

富山県をどっしりと支える立山連峰。その立山の水をたっぷりと湛える広大な美しい田んぼ。そんな中に、お座敷処鳴ル家はありました。

 主催しているのは、堀田晶さん(以下晶さん)。ボサボサの髪にひげの40男。

サックスを吹き鳴らし、たばこを吹かすジャズマンである彼は、一見すると厳ついおじさん。ところが、話してみると、まるで立山のようにどっしりと、田んぼのように広大な心を持った人なのでした。

話は、自ずと彼の人生の話、それから現代人の生活の話、場の必要性の話となりました。

僕らが「場」と呼んで、必要としているものは何なのか。

彼の「場作り」の中にも、その音は聞こえていました。

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【言い分シリーズ】

 仲夏のキラキラした田んぼが広がる牧歌的な風景の中、田んぼを見守るように、昔ながらの墓地があり、その向かい側に立つ一軒家。入り口には木の札に「鳴ル家」の文字。

「こんにちわー」インターホンを押して声をかけると「はいよー、上がってー」のんびりとした声。玄関には、ジャズのアーティストだろうか、外国人のポスターや置物。玄関を上がると、すぐに24畳の大座敷に、座布団が並べられている。大き目のソファーの上にはギター。仏間の前にはドラムセット。電子ピアノの後ろには、ライブやイベントのフライヤー。涼しい風と、セミの鳴き声、その中に心地いいジャズが流れている。

田舎のおばあちゃんの家に来たような、ライブハウスに来たような。

 ― 遅くなってすみません

 「おお、ありがとね。今ね、久しぶりに○○から連絡来てさー」

スマホをいじりながら、のんびりと話す晶さん。

一度相談を受けたという、引きこもり気味の若者から連絡が入り、遊ぶ予定を立てているという。

 「こっちで話そうかー」

大座敷の奥にある6畳くらいの部屋に通される。ソファーとパソコンの置いてあるデスク。本棚には、旅の本、音楽の本、心理学、「べてるの非援助論」「種田山頭火の生死」。

「ここ事務所にしててさ、いろいろ来てくれた人とかと話したりしてるんよー」

壁にかけてあるコルクボードには、ライブ告知のフライヤー、生活困窮相談窓口のチラシ、日本画の絵葉書、たくさんのメモ書きの束。

この部屋だけを見て、何をしている人の事務所かを判断するのは至難の業だ。

― あっちの大きな座敷は、どんな風に使ってるんですか?

「座敷はね、たまにスタジオっぽく練習とかに使ったり、ライブやったり、月火水は、ふらっと誰でも来れて、来た人同士が触れ合ったり、座敷を生かした交流スペースみたいな場所になればなって思っとってね。座敷の良さを味わってほしいというか、疲れとったら寝とってもいいし、寂しかったらおったらいいし、あと、この前言っとった(言い分シリーズ)とかいろんな企画やっていきたくてさ」

 言い分シリーズとは、例えば「ホームレスの言い分」とか「行政職員の言い分」とか「引きこもりの言い分」とか、つまり、いろんな立場にある人の言い分を聞いてみる会。誹謗中傷は無し、批判、反論も無しで、本音(言い分)を語れ、聞ける場。

数日前に、そういう企画を考えていると言っていた。

 紆余曲折あって(後述)長年勤めた会社を辞め、現在は、相談支援業務を仕事としながら、場づくりに励んでいる晶さん。いろんな人の相談を受けるたびに、人が分かり合う機会が少ないのではないかと感じてきた。

― 言い分シリーズはおもしろそうですね

「うん。社会全体にさ、情みたいなもんがなさすぎるよね。なんでも立場で縛られて、孤立しとる人いっぱいおるねか(富山弁)。でもそれは立場で縛られとるだけでさ、本音とかで話せばできることいっぱいあるんじゃないかと思うんよね」

― 人として出会う場とか、時間とかが、無くなってきて、分かり合う機会が少なくなってるんですかね。

「おー、そうやと思うよ。実際、俺もたくさん人の相談聞くようになってさ、価値観とか、人の見方変わったからね」

― そうですかー、人の言い分聞くのは大事なことですねー

「そうやと思うわー」

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【鳴ル家を始めたきっかけ】

― そもそも晶さんは、なんで鳴ル家をやろうと思ったんですか?

「もともとは、プライベートで離婚とかいろいろ借金とかいろいろあって、それで家探してた時に、ここが空き家で、縁あって借りさせてもらえたんよ。それで、ここに住みながら、座敷を練習スペースにして、バンドの練習とかしとったんよね。

― そこをコミュニティスペースとして使おうと?

「そう。もともと、人の生き方とか、生活そのものに関心があって、いろんな人の生き方に触れたいという気持ちは大前提あってさ。それこそ、ひとのま(富山県高岡市のコミュニティハウスひとのまhttp://hitonoma.net/。誰でも来れる一軒家。そこで行われた音楽講座で初めて筆者と出会う)に初めて行った時、こういうのもいいなーというのは、なんとなくあったんやけどね。そんなころに娘が不安障害とかになって、不登校になったことが一番大きかったかな。それで、23年働いた会社辞めて、自分で場所を作ろうというのが一番の動機やったと思う。そっから、全国旅して、べてる(北海道浦河の精神障害者の共同生活や仕事作りをしているべてるの家)とか、いろんなとこ見て、さらに衝撃受けて」

― なんるほど。ちょっと情報量が多いので、晶さんの人生年表作ってみていいですか?

「おー、いいね、それ、おもしろそう!」

ということで、鳴ル家設立までの、晶さんの人生の来し方を振り返ってみることになった。

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【孤立は最大の敵】

 小中高と、特に人に自慢するような武勇伝もなく、唯一、吹奏楽を続けたこと達成感としてあった。高校卒業後、電気メーカーに就職。製造や設計の仕事をしながら、音楽も続けた。仕事にバンドに充実した生活を送っていた。

 人の生き方や生活に興味を持ち始めたきっかけは、花屋さんで見かけたライブだった。いつの間にか演奏が始まり、お客さんの反応を見ながら、次々と変化していく演奏。その場でしか作れない音楽がそこにはあった。それは自分がやってきた音楽とは、まったく違うものだった。

 感動を抑えられず、ライブ後に、演奏していた人と話をさせてもらった。演奏後の疲れた状況にも関わらず、たくさん話をしてくれた。 

 そこで、語ってくれた人生観や、音楽観、生活そのものが音になっているところ。それらは今も晶さんの人生観に大きく影響を与えている。

 人はどんな風に生きるんだろう。自分は、どんな生き方ができるんだろう。そこへの関心が、今も活動の根底に流れているそうだ。

 その後、25歳で結婚。家を建て、2人の子供に恵まれる。順風満帆かに思われた人生。しかし、まだまだ大きな音は鳴る。

 夫婦関係に不協和音が流れ始め、新築の家を自分が出て別居。離婚。養育費と新築のローンを払いながらのアパート生活。次第に生活には疲れや孤独がやってくる。バンドでも人間関係が難しくなったり、困難は続く。

「周りには人はいたんよ。わいわいやって、楽しかったけどね。でも孤独やったわ。本音が言える人というか、弱音を言える人がおらんかったんかもね。いらん意地があったね」

 本当につらい部分や弱い部分を人に見せられず、知らず知らずのうちに孤立感が深まり、気が付いたら、それをギャンブルなどお金で解消していた。気が付けば、カードローンは膨らみ、何百万の借金ができていた。

 「このままではいかんと分かってるんやけどね、自分をどっかで肯定しようとしとったんよね。やっぱ孤立が最大の敵やわ」

 借金で身動きが取れなくなり、任意整理という法的な返済期間に入る。

新築のローンは、目途がついていた部分もあり、残りを放棄し、実家にお願いする。その過程で、実家の父親にも「お前はもう死ね」と厳しい言葉もぶつけられる。

 今度は、カードローン、養育費、を払いながらのダブルワーク生活が始まる。寝る間も惜しんで働き続ける生活は辛かった。しかし、これでダメになったら自分は終わりだと思い、必死に耐えた。そんな中でも養育費はきっちり払い、元妻にお金の相談をされたら、送金した。会社のボーナスを返済に充てるなど、真面目に頑張り、返済計画よりも、ずいぶんと速く完済し、銀行員を感心させた。

「逆にこれも意地やろね。あと、これ払わんかったら、もう二度と子供に会えんと思って、がんばったわ」

 長く暗いトンネルを抜け、ほっと一息ついたころ、ずっとお金のこと以外で連絡できなかった元妻とも、なぜか連絡ができるようになる。

「借金の事は、元妻は知らんかったからね。タイミングって不思議やわ」

 そして、ずっと連絡が取れていなかった中学生になる娘からも、突然連絡が入る。

何気ないメールのやり取りをする中で、眠れないこと、学校にも行けていないこと、などを相談してくれた。

「うれしかったよ。よくぞ言ってくれたという感じ」

 その頃、会社の中でも、長年頑張って務めてきた人を簡単に左遷したり、日本社会の世知辛い風が社内にも吹き荒れており、疑問を感じ始めていた。

 自分の周りにも、精神的に病んでしまう人はたくさんいた。

なんとかできないのか。それから、休みの日には、不登校児の居場所や、コミュニティスペースなどを見て回り、話を聞いて回った。その過程で、縁があり、相談支援の仕事に誘われる。

 その後、全国の場を見て回り、帰ってきたからは、相談支援の仕事に関わりながら、鳴ル家の整備や、地元富山のチンドン文化を継承しようと、仲間を集め、チンドンコンクールに出演。それが、話題となり、方々からオファーが来るようになり、地元のおじいちゃんらも声をかけてくれるようになった。f:id:motoshiman:20170907072423j:plain

【そこにあるものを生かす場】

「いやーこうやって振り返ると面白いねー」

― ですね。紆余曲折があったからこそ、今があるという部分もあるんですか?

「そうやね。今、あの時期を潜り抜けたことがエネルギーになっとる部分もあるね。自分もいろいろ失敗してきたからね。困っとる連中の気持ちに共感できる時も多いしね。」

― ギャンブルなど、依存で苦しんでる人は多いですね

「そうそう。今、依存については勉強しとってさ。やっぱ依存の根本には孤立があると思うんよね。自分の実感としてもそれはあるし、相談受けるようになってそれは強く感じるようになったし、その辺の繋がりをもっと勉強して、ここでも何かできないか、いろいろ考えとるよ」

― 困ってしまったり、疲れてしまった人とも、ここで一緒に何かやっていきたいと

「そうやね。まず、一緒に考えてみたいね。ぼーっとしとるでもいいし、話したければ話し聞くし。人生に正解はないからね。商売とかできたらいいなーとかあるけどね。一緒に。」

― いいですね。チンドンもその一環ですか?

「チンドンはね、もともとは、全国を回ってる時、震災後の熊本に行ってね、そこで、たばこ屋のおばちゃんと話してた時、自分の家のことより、熊本城が崩れたことがショックだと言っててさ。あー自分は、地元にあるものに、そんな愛情をもってないと思ってね。それで、自分の出来る事で、なんか地元に恩返しというか、愛情表現できたらいいなと思ったのがきっかけやね。(富山はチンドンが有名で全国のチンドンが集まりその技を競うコンクールが毎年開催されている)」

― それで、出てみたら、思わぬ反応があったと

「そやね、町の公報でとか新聞とかに取り上げられて、それから、町内のおじいさんに話しかけられたりしてね。来週も認知症の人達の駅伝みたいなイベントがあって、そこでやるわ」

― そういう、地域とのふれあいも大事にしたいと

「そうそう。文化とか生活とか、もうそこにあるものやからね。それをもっと生かすようなことがやれたらいいなと。チンドンとか、言い分シリーズやったり、集まる場所やったりして、なんか地元に返していけんかなーと思っとるよ」

― 人も、もともとそこにある資源ですからね

「そうそう。話してみれば、その人の言い分もわかる部分もあるし、いろんな人の生き方が交差する場所になればいいよね。持ちつ持たれつできる場になれば。」

― ありがとうございました。なかなか面白い話でした。まだまだ話足りませんが、また鳴ル家に話に来ます。

「おう、いつでもおいで」

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(写真:左・晶さん、右・筆者)

 

 すでにそこにある文化。そこにいる人々。そこにある生活。

新しいものばかりを作ろうとせず、今あるものが、ちゃんと出会う機会を作る。

それが、晶さんの場作りのやり方だ。

 この近所に住む人達にとって、晶さんはどんな風に見えているのだろう。

近所のちょっと風変わりな兄ちゃんは、話してみるまでは、何をしでかすか分からない「不安要素」であったかもしれない。しかし、話してみると、「地域資源」でもあった。

 そこにあるのは、「話す」か「話さない」か「知る」か「知らない」かの違いだけだ。

 本当の資源は、補助金で新たに作るものだろうか。それは、すでにそこにあるのかもしれない。

 そこにすでにあるものを、資源として生かすために、必要な仕掛け、機会、時間、それが僕らの求める「場」なのかもしれない。

 これから鳴ル家が作る「場」はどんな音がするだろう。

 それは、きっと懐かしく、心地よい音楽に違いない。

 

お座敷処 鳴ル家 HPはこちら

www.naruya742.com

キャンプ 

キャンプ行ってきました。墓ノ木自然キャンプ場。

黒部インターから20分くらい。近くにホームセンターもスーパーもあるし、ゴミ捨て場(入善の指定の袋のみ)トイレもあるし、便利でした。これで無料という。とてもいい場所でした。

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前日までの豪雨で、川は泥水でしたが、それでも、きれいで、ヤマメを釣っている人もいました。

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とても冷たかったですが、子どもらは大はしゃぎ。

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ちなみにこの木には、でかいムカデがいました。

僕は、キャンプイン直後に、でかい毛虫に刺され、一日中痛かったです。

事前に「子供たち、虫さされたら大変だから、虫刺され買っといてね」と妻に念押ししておきながら、刺されたのは僕だけでした(笑)

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ライトは、簡易トイレだけ。夜は真っ黒。

「夜が来る」という感じでした。

夜と競争で、寝る準備。ぎりぎりセーフ。

天気は曇りで、子供らが寝る時間には、まだ星は見れませんでしたが、4時ごろ起きたら、きれいでした。

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酒がないキャンプとは、牛丼の牛抜きみたいなもんかと思っていましたが、そこまででもありませんでした。

豆を挽いて淹れたコーヒーが、うまかった。

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人もまばらでしたし、無料だし、自由にキャンプできて、とてもよかったです。

周辺のゴミ拾いをして終了。

ここで休日を過ごすのもいいなと思いました。

 

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キャンプ場から20分くらいで、宇奈月温泉

ちょっとだけ体験するかと、トロッコ乗って、とちの湯という温泉行って、帰りました。

とてもいいコースでした。

「一人でやれ」と言われたら、キャンプもやらない、トロッコも一生乗らないと思う。

それらは、普段一緒に生きている人たちと、いつもと違う体験を味わうことで、得たいものがあるんだろうと思います。

露天風呂で、きれいな山と川を見ながら、自己満足に正直にいようと思いました。

僕の満足は何かなと考えると「あ、笑った」とか「うまく書けた」とかその程度の小さいもの。

大きい満足を目指せば、苦しみもあり、でも、だからこそ、成し遂げられることもあり、大きな成果もある。

世の中はそうやって進んでいるし、そういうものを、目指していたい気持ちもある。

でも、今は、自分の小さな満足を、大事にしようと。

何に喜び、何に満足するのか、よく見てみようと。

そんなことを思いました。

日常を離れてみるのは大事だなと思いました。

 

おまけ。

のはら4歳が撮った写真。

天才か。

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生きるための表現

「人間の苦しみの最大の根源は、自分につく嘘である」

自分に正直にあるというのは、とても難しい

何をしても苦しくなるのは、どこかで自分に嘘をついているからだ

歌を歌うことも、小説を書くことも、間接的表現を通して、深層に触れることのできる道具であって、自分に嘘ばかりついている日常の中で、精神のバランスをとるために必要なのだ

いい音を見つけては、声を出し、心のどこかが共鳴するのを待っている

ただただ思い浮かぶ場面に任せて、筆を進め、隠れていた気持ちを出してあげる

そうやって出てきたものが、僕にとってはとてもいいものだし

誰かにとっても、深層を揺らすものだったりするのかもしれない

 

整える

乱れている時に 雨の音はうるさい

汚れている時に 紫陽花は目障りだ

濁っている時に 朝日は嫌らしく

怒っている時に 優しさは吐き気がする

欲している時に 友は邪魔者

怠けている時に 縛られ

恨んでいる時に 凝り固まる

 

黙した時に 雨の音は愛おしく

清めた時に 紫陽花は美しい

整えた時に 朝日は輝いて

鎮めた時に 優しさに救われる

与える時に 友は宝となり

律した時に 自由を得て

敬う時に 心はどこまでも広がっていく

 

雑文

眠れない日が続く

布団の脇に置いてあるギターを

仰向けのまま 胸の上に置く

ポロンと鳴らす

胸に弦の響きが伝わる

雨の音が部屋を囲んでいる

 

唄ができる時は 苦しい時だとばかり思っていた

しかし 本当に苦しい時には 唄はできないのだと知る

苦しくならないように唄があったのだ

 

弦の音も頼りない

不快な音だ

 

ただただ懸命に働く蟻は幸せだろう

キリギリスには唄が必要だったのだ

 

しかしそれらは逃れようのないことで

蟻は蟻として生きる不幸を 日々運んでおり

キリギリスはキリギリスとして生きる不幸を 日々奏でている

 

そして僕もまた

人間として たったそれだけのことを 長々と書かなければならない不幸を

こうして生きているのだ

 

 

夜の自転車

頭が痛い。

せっかくの休日を、一日寝て過ごした。

もう2~3週間、ぐずぐずと体調が悪い。

昨日はなんとか持ち堪えたが、今日はダメだった。

目覚めの瞬間に、ダメなのが分かった。

気がダメなのだ。

 

先週、九州は豪雨で、大きな被害があった。

朝、テレビをつけると、床下浸水の映像が流れていた。

「あ、泣く。」そう思って、チャンネルを変えたが、どこのチャンネルもそのニュースで、涙を止めるのに間に合わなかった。

東日本大震災以降、映像が苦手になった。

一度つながった回路は、壊れてはくれない。

僕でさえそんな有様である。

娘のことを思う。

東日本大震災の1ヵ月前に生まれた次女は、もう6歳になった。

ちょっとしたことで、これでもかと落ち込んだり、多動で落ち着かない次女の性質は、震災の影響を、間接的に受けていると思っている。

彼女の脳の基礎を作る時期、僕ら家族も、長い余震の中にいた。

大切な時期を、掌の中で大事に包んであげられなかった。

 

最近は、こうした影響を、娘のみならず、いたるところに見つける。

あらゆる時代の震災、戦災、事件、暴力、それらは世代や空間を超え、誰かの人生に影響を与えている。

子どもが何等かの問題行動をしているとして、その家族の歴史を聞いていくと、2世代前くらいに、大変な被害にあっていたり、日常的な暴力があったりすることがある。

 

ここ数年の度重なる震災は、たくさんの影を落とすだろう。

目に見えない影だ。たくさんのやさしさが必要になる。

 

誰の人生も、その人が自分だけで作ったのではない。

生まれる前から、あらゆる影響下にあり、それは一日も休まることなく続く。

 

夕食中、次女が明日は学校に行きたくないと言った。

最近は、休み明けの前日にこうなる。

朝になると、お腹が痛いと泣き出し、休ませることもある。

 

ストレスホルモンの分泌が活発な次女は、休みの日にうまく発散できないと、こうなる。

夕食後、自転車で夜の散歩に行くかと誘うと、うなずいた。

後ろに乗せると、うれしそうだった。

「どこまで行く?」と聞くと

「行けるとこまで」というので

じゃ、学校まで行ってみるかと、いつもの通学路を通って学校まで行った。

次女はいつになく、たくさんしゃべりだした。

自分をかわいがってくれる高学年の子がいることや、女の子で仲良くできる人があまりいないこと、ここで誰かが何か拾ったとか、登下校のあれこれ。

いろいろ話してくれた。

僕は、うんうんと、聞いた。どう思ったのとか。へーとか。

どれも初めて聞く話だった。

普段いかに娘の話を聞いてないか、思い知らされた。

次女は溜まっていたものを出すように、喋り続けた。

家に着くころには、すっきりした顔で、風呂に入り、絵本を読んでもらっていた。

ランドセルから、歌の教科書を出し、どれが好きか話してくれた。

 

次女は話すことで、自ら回復したようだった。

しかしそれは、彼女が意図してそうしたのではない。

彼女の中にある魂が、治癒の方法を知っていたという感じだ。

どういうことを話せば充電されるか、魂が知っているようだった。

 

そして、僕の魂も僕の治癒の方法を知っていたのだろう。

夜風に吹かれ、娘の話にうなずきながら、いつの間にか頭痛は消えていた。

 

こうやって癒しあうということが、あるのだろう。

娘は自分を助けるような顔をして、僕を助けたのかもしれない。

それは考えすぎだろうか。

 

みな穏やかに寝静まった。

部屋で一人、先ほどまでのことを思い出している。

日々は目まぐるしく過ぎる。

たまにこうして、大事な瞬間を捕まえたい。

そう思いながら書いている。

 

夜は涼しい風を部屋に運んでくる。頭痛はもう感じない。

小さく、虫の鳴く声がする。

虫だって、誰に教わったわけでもないだろうに、鳴き方を知っている。

僕もまた、誰に教わったわけではないが、それに耳を澄ましている。

 

 

 

 

幸せな会話

「早くー遅刻するよー」
「ちゃんと締めとかなきゃ猫入るからさ」
「ははは、泥棒じゃなくて?」

 

「今日ね、箱アイス6割引だったのよ。奇跡じゃない?」
「奇跡ではないでしょ。値引きでしょ」
「いや奇跡だなー」

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